私がブラック小売業で働いていたときの話です。
それまでは最低、週三回、銀行員の担当者が「売上金の集金入金業務」、「レジ用の釣り銭の用意」を店舗までやって来て仕事をしてくれていました。
ところが、銀行の経費削減のひとつとして、今後はわざわざ店舗までやってきて、こうした業務をやることは中止する。
これからは銀行の支店窓口まで小売店スタッフがやってきて、売上金の入金、釣り銭の両替をやるようにと言われました。
はやい話が、私の勤務先である小売店はゴミ扱いされたわけです。
「用があるなら、オマエが来い」という訳です。
この話を電話で報告すると、内容を聞いたブラック小売店の社長は(当然、この話は、こちらが報告する以前に社長の耳に入っていたはずです)
白々しい声で携帯の電話口で、
「あー、銀行まで行ってきてよ」
と、のたまいました。
受話器の向こうからはパチンコ屋の「チン、ジャラ」の音が聞こえました。
(余談かもしれませんが、この社長はスロットが大好きでした。平日からスロットに入り浸っているという噂は本当だったようです。)
本来ならば、銀行まで行くのは会社の業務ですから、会社の社用車を用意するか、相応のガソリン代の支給をしなければならないはずです。
しかしながら、このガメツイ社長が、そんなことを自分の口から言うはずもありません。
たとえ、従業員の方から、この件について詰めても、空々しくとぼけることは容易に想像がつきます。
我々、従業員は仕方なく週三回、午前のうちに銀行の窓口まで行き、「売上金の入金」、「釣り銭の両替」をやることになりました。
ちなみに店舗責任者であった私が、銀行通いの頻度が一番高かったです。
逆を言うと店舗で仕事をしなくて良い分、楽だったかもしれません。
週三回も銀行に通っていると「一般職」という名の窓口業務の女性とも、それなりに仲良くなります。
当然というか、やっぱりというか、この窓口業務は若い女性行員です。
ある程度の年配のオバサンになると奥の方に引っ込められます。
(結局、銀行の一般職女性も使い捨てなのでしょう。暗に寿退社で、ある程度の年齢になると退職することを求められているのかもしれません。)
それで、いつものようにパートの干からびたオバちゃん女性しかいない小売店を後にして、若い女性行員のいる銀行窓口まで行くと、いつもの若い女性行員ではなく、普段は奥の方に押し込められている(ように見える)女性中年行員が窓口に座っているのです。
理由を訊くと若い一般職女性は、1週間ほどの有給休暇に入ったとのこと。
当時の私は、まともに休むことの出来ないブラックな職場でしたから(公式には年間休日98日、実際はそれ以下)、「1週間ほどの有給休暇」という話を聞いて羨ましいと正直なところ思ったものです。
それで詳細を訊くと、銀行では全ての従業員が、総合職だけではなく、窓口業務しかしていない一般職も含めて、不正(横領など)がないかを確認するために、机の引き出し、パソコンのデータなども強制的に調査されるのだと言われました。
この強制的な休暇と、それに伴う調査は金融庁だったか財務省だったかの指導とか、そんな話でした。
「へー、それじゃ、オレも凸の皮をめくって調べて欲しいな。オレもネーさんのヒダヒダ、めくって調べてあげようか」
と、中年の女性行員に言うと、顔を赤らめて笑っていました。
勝手な想像ですが、久しぶりに思い出して濡れていたのかもしれません。
(当時の私は20代前半の年齢で、自分で言うのも何ですが、それなりにカッコいいイケメンでした。若い男に、そんなことを言われて興奮しているのが明らかに見て取れました)
いつものように軽口を叩いて周囲の人間を笑わせました。
この時は、奥の方に座っている年配の男の支店長まで笑っていました。
少し、KYな感じもしましたが。。
それで、帰り道、クルマの運転をしながら思ったのが、自分の勤務先、ブラック小売業についてです。
上司の横領を内部告発しても見て見ぬ振りをする社長は、こうした銀行の強制的な監査体制を知っているのであろうか?
長い付き合いがあるから当然知っているであろう。
知っているなら、何故、横領を野放しにしておくのだ!という深い憤りでした。
そして、また、こうしたブラックな不正が横行する職場にいなければならない自分という人間は、いったい、どういう存在なのであろうか?
ノルマが厳しいと言われる銀行員相手に軽口を叩きながらも、道すがら悲しくなったことを思い出します。
銀行、信用金庫のノルマ 定期預金
ある時から私の家の郵便受けに地元の信用金庫の営業マンの名刺が毎日入るようになりました。
名刺の裏には手書きで、
「不在だったので、またお伺いします」
とか、
「この度、異動でこの地区にやってきました。預金、年金等、何かありましたらヨロシクお願いします」
とか、毎回違うメッセージが書いてあるのです。
タイミングが合わなかったので、なかなか直接話す機会はなかったのですが、この銀行マンがハーフキャップのヘルメットをかぶり、スーパーカブに乗って営業をしているのは何回か目撃しました。
(余談かもしれませんが、この信用金庫の駅前支店では燃料費、ガス代が惜しいからか、駐輪場がないからかは不明ですが、スーパーカブではなく、自転車で営業をしています。スーパーカブで営業を出来るようになると出世?なのでしょうか)
そして、遂にタイミングが合い、この信金マンが自宅にやってきました。
彼が手に持っていたのは「定期預金キャンペーン、利率アップ」のパンフレットでした。
当然のことながら、私は断るつもりでいました。
その時はヒマだったので、軽く世間話だけして,それだけで帰ってもらうつもりでした。
その世間話の中で明らかになったのですが、この信用金庫の営業マンは、何と私の大学の先輩だったのです。
軽い驚きでした。
年齢的には私の10歳くらい上でしょうか?
それで同窓ということになれば、
「学部は?」
とか、
「ゼミは?」
とか、
「クラブは体育会?」
とか、
「下宿は何処に住んでいた?」
共通の話題で盛り上がりました。
それで、当時20代前半の年齢だった私に対して、この先輩の銀行マンは、
「キミ、まだプライドあるか?」
と、私に訊くのです。
この時は、おかしなことを訊く人だな、くらいにしか思いませんでした。
続けて、この信金の営業マンは言いました。
「俺もね、昔はXX大学卒業して、学生時代はこんな風で、、、、プライドもあったよ。でもね、今は昼メシは嫁の作った弁当かコンビニ弁当で、、、給料は安いし、、、家のローンが、、、」
悲しいのか、達観したのか分からない表情で訥々と話し始めました。
恐らくは大学の後輩ということで、多少気を許したのかもしれません。
他の訪問先では、こんな会社の愚痴のような話はしないであろうことは容易に想像がつきます。
その時は自分自身の不遇を顧みて、オレの卒業した大学なら、この程度なのかなという気になりました。
思えば大学4年目の卒業時に同級生の就職先を訊いてみると奈良、京都、大阪、新潟、富山、兵庫、石川、千葉、埼玉など各自の地元の信用金庫に就職した人間が結構な割合でいたものです。
都市銀行や地方銀行に就職した学生もいましたが、割合から言うと信用金庫の方が多かったように思います。
今思えば、結局、世の中は学校の偏差値の順番で就職先まで決まってしまうのでしょうか?
その後、先輩の信金マンの頼みは断ることが出来なくて定期預金を少しだけしました。
私の定期預金は、先輩のノルマの数字達成に多少は尽力できたのでしょうか。
次はクレジットカードも頼むと言われていたのですが、しばらくして、この先輩の銀行マンは人事異動で他の地域に行ってしまいました。
この先輩とは、その後まったくお会いしていないのですが、現在でも元気でやっておられるものと信じたいです。
銀行員の不動産投資
私の知り合いに元銀行員の不動産投資家という人がいる。
知り合ったばかりの当時は、まだ彼は銀行勤めをしていた。
そもそも不動産投資を始めたきっかけは、自分が融資担当者として不動産投資の現場を眺めていて、これなら自分にも出来そうと思ったことが始まりだという。
現在では専業大家をしている彼は年齢的には私と同じである。
彼が一番最初にネックになったのは、不動産物件を購入する際の融資である。
まさか「将来、自分が不動産投資家になりたいので融資してください」と自分の勤務先に依頼するわけにもいかないので、他行で借り入れをしたという。
であるから、自分の勤務先ではない他行の銀行員、融資担当者には絶対に会社に電話なんかしてくるな!したらブチ●す。
と、きつく念を押したそうです。
見つかれば、お堅い規律の銀行ですから「兼業禁止規定」に引っかかるとか、何とか言って懲戒処分になっていた可能性もあります。
そんな、元銀行員の彼ですが、数年前に晴れて?サラリーマン生活に終止符を打ち、不動産大家としてセミリタイアしました。
彼が会社員の時代にはお会いする時もスーツにネクタイ姿が多かったのですが、現在では平日でもチノパンやポロシャツなど、とてもラフな格好をしています。
ちなみに所有している不動産物件ですが、銀行員として日本全国を転勤でまわり、行く先々で物件を取得しましたので、一か所に集中してるのではなく、全国に所有物件が点在しているという不思議な?珍しい形態になっています。
この元銀行員の方だけでなく、複数の不動産投資家に言われたことは、不動産投資の方が株式投資やFX(外国為替証拠金取引)よりも安定性はある。
しかし、投入する単価、金額が大きいため、最初の一発目で失敗すると取り返しがつかないということを言われました。
一度、この元銀行員のこの方も含めて、複数の不動産投資家の集まる場所で、こうした投資家の方々にお話を伺ったことがあったのですが、このような投資家は不動産だけに投資をするのではなく、株式のデイトレードやFXなど、他にもいくつかの投資を掛け持ちでやっていることが多いようでした。
それと最初に不動産投資をする人間が、どんな物件を買うべきかと質問すると「木造アパート」を買うべきだとの答えが返ってきました。
ちなみに、無料でもらえる資料を勧められた。
兼業禁止規定
会社の同僚で株式投資をやっている人がいる。
おそらく、現在の勤務先で株式投資をやっている人は、彼だけであろう。
彼は随分、儲けているらしい。
彼が言うには、自分は半日出勤でも充分に暮らしていけるのだという。
そう言いながらも今でも、全日出勤しているのであるが。
確かに彼はカネをもっていそうな顔をしている。
彼はオプション取り引きなどのデリバティブはやらないのだという。
似たようなものなのかもしれないが、FXもやらないそうである。
不動産投資はやっていない。
株式投資の勉強への投資は結構な金額だったそうである。
しかし、カラ売りなどの信用取り引きはやるのだという。
なので、相場は上げても良いし、下がっても構わないのだという。
一番、嫌なのが相場が動かないことであるとのことであった。
あまりにも儲かるので節税対策で法人を立ち上げたそうである。
社長は当然本人である。
会社員をやりながら経営者として稼いでいるのである。
パソコン、自動車、携帯電話料金は法人名義で契約して経費で落とす。
兼業禁止規定になんかビビっていない。
法人であるから税理士だって雇っている。
会社はいつ辞めても構わないのだと嘯く。
今の時代、このくらいタフじゃないとやっていけないのかもしれない。
しかし、ひとつ疑問に思ったのであるが、会社に提出するマイナンバーの扱いは、どうなっているのであろう?
重複するのではないか?
たぶん、恐れずにいるのであろう。
何せ、いつ辞めても平気な人であるから。
私も彼を見習うべきであろう。
銀行員のノルマとBIS規制
銀行員、特に新人くんのノルマと言えば、クレジットカードの獲得と預金集め(定期預金)金融商品の販売ではないでしょうか?
集めた預金は貸し出しに回す原資とされることになっています。
かつての日本の銀行というのは、自己資本に関係なく、資金を貸し出すことが出来ました。
つまり、無制限に信用創造が出来たわけです。
預金通帳という紙切れにインクに数字を書き込むだけで信用創造が出来たのです。
通帳に5000万円と書き込めば5000万円の信用創造、5億と書き込めば5億円です。
借り入れをした法人なり、個人は、この資金を使って会社の設備投資をしたり、住宅購入に使っていました。
銀行が貸したゼニには利息をつけて返済されます。
銀行の手元に、いくらあるかは関係なく、こうして貸し付けが出来たのです。
バブルの時は、それは凄いものでした。
しかしながら、BIS規制という8パーセントルール、日本に不利なルールを押し付けられることで、こうしたバブル前と同じような銀行の貸付は出来なくなったのです。
100万円の貸し付けをする時には、8万円以上を持っていなければならないという決まりです。
バブル崩壊後、銀行の貸し剥しは、社会問題にもなりました。
ところで、そもそも、このBISですが、出自を知っていますか?
もともと、BISはドイツから第一次大戦の賠償金を取り立てるために、設立された銀行です。
何故、この銀行が世界の金融のルールを作っているのでしょうか?
日本人はルールを守ることについてはヒツジのように天才的ですが、ルールを作ることについては全く不得手ですね。
バブル崩壊後は、やられっぱなしではないですか。
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日本の国の上層部は、実は日本人のフリをしているアジア人、偽ニホンジンというのも関係ないことはないでしょう。
日本の国の歴代総理大臣のなかで、純粋な日本人は田中角栄と小渕恵三の二人だけだと言われています。
二人とも、謎に満ちた悲惨な最期を遂げました。
現在の総理大臣、アベシンゾーは勿論、半島にルーツを持ち、おまけに半島系のカルト宗教にどっぷり浸かった売国奴であることは言うまでもありません。
だから、日本の国を壊しても平気なのです。
というか、日本の国を破壊することに喜びを見出しているはずです。
少し前で言うと、竹中平蔵と小泉純一郎が「郵便貯金」と「かんぽ生命」をアメリカに売り渡すことでキャッシュバックを貰いました。
このときのキャッシュバックの金額ですが単位は「兆円」だったと言われています。
そろそろ、日本人は、この国の本質に気付くべきではないですか?