小売業で仕事をしていた時のことである。
レジを締めて売り上げを集計していると、
売り上げの金額とレジの中の現金の差異が1万円以上、違うことが頻発した。
売り上げの集計、日報を書いていると、数百円程度であれば毎日、1万円以上の誤差がある日も月に2回から3回くらいあるのだ。
大手の小売業であれば、間違いようのないレジシステムを導入している。
新しいレジシステムでは現金を投入すると、自動で計算されて釣り銭が出てくる形になっている。
また、何時から何時まで誰が何番のレジを担当したという記録もしっかり保管されている。
しかしながら、私の勤務していた零細小売業では昭和時代のレジをそのまま使っていた。
人員管理も適当である。
当然、会社としてはクレジットカードにも対応していない。
買い物は現金でしか出来ない。
私は、一人のパートのおばちゃんが怪しいと睨んでいたのであるが、当時の上司である店長は事態を揉み消すのに必死だった。
自分に疚しいことがなければ、事態を明らかにして監査でも入れてもらえば良さそうなものがあるが、この店長は誤差の不足分、足りない現金を自分の財布から出していた。
それでいて、これではなんのために働いているのか分からないとボヤくのだ。
バカではないかと思った。この店長が退社して、私が店舗の責任者になってから全てを明らかにする方針だと皆に宣言したら、こうした事態は収まった。
怪しいと睨んでいたパートのおばちゃんは「5千円札と1万円札を二回間違えたら1万円の差額が出る」と尤もらしいことを言っていたが、マイナス1万円になったことはあってもプラス1万円になったことは一回もない。
しかも、このパートのオバちゃんがレジを打った時に限って1万円程度の不足が発生するのだ。
他の人間がレジを打ったときには、大きな誤差は発生しない。
そして、このパート女性が休みの日には大きなレジの誤差は生じない。
あっても精々、数百円程度である。
おそらくは、あのおばちゃんが横領の犯人である。
このパート女性は他の仕事ぶりでも狡猾さを発揮した。
店長のいるときといない時では仕事の内容、速さが全く違うのだ。
他にも面倒な仕事は新人に振る。
パワハラと言えるかどうかは分からないが、新人に嫌がらせをする。
従業員割引で商品を購入するとき、20パーセントまでしか寝引きが入らない商品を40パーセントの値引きにしてくれとか、勝手なことばっかり言っていた。
しかし、このパート女性のレジからの横領については、証拠がないので立証は出来なかった。
そうこうするうちに、この小売業の会社も潰れてしまった。
当然であろう。
この小売業の会社はレジシステムだけでなく、仕入れや広告、在庫管理、人員管理、勤怠システム、全てがドンブリ勘定でオーナー、社長の一存と気分で全てが決まっていた。
私は何度も、このことを提言していたが、遂に受け入れられることなく終わった。
この小売業の会社が、それなりに回っていたのは、仕入れが手形、売り上げが現金だったからである。
しかも手形サイトは120日の更に3ヶ月延払い?だったように記憶している。
取引先の営業の人が渋い顔をしていた。
この社長「資金繰りだけは、待ったなしです」が口癖だった。
この社長の仕事の7割くらいは資金繰りだったのではないか?
いつぞや、従業員の給料日の前後2,3日、行方不明になったこともあった。
ヤバイ筋にカネを借りに行っていたのかもしれない。
今、思えばパートのオバちゃんでレジの売り上げをごまかしている者がいたが、この社長は従業員の給料をごましていた。
アホみたいな会社であった。
レジの過不足で始末書を書く?
しっかりとした小売業の会社、レジ打ち業務ではレジを閉めて精算したときに過不足、誤差が出た場合、始末書を書かなければならないという決まりがあるらしい。
これは多くても少なくてもダメである。
レジ打ちの誤差は常にプラスマイナスゼロでなくてはならない。
しかしながら、私の勤務していた小売業はマニュアルも何も、まったくない、ゆるゆるで無茶苦茶な会社だったので、始末書を書かなければならないというようなことはなかった。
というか、上司である店長が率先してレジの売り上げを誤魔化していた。
こんな状況でクレジットカードも使えるレジでの状況だったら、いったいどんな凄惨な状況になったのであろうかと考えると、ゾッとする。
ゆるい会社だったので現金のみでしか買い物は出来なかった。
だから数年後に倒産したのであろうが。
ゆるいのはレジだけではなく防犯対策もであった。
店内に商品を陳列するために作業をしていると、まったく関係のない歯ブラシ売り場の奥から、5000円とか1万くらいの高額の化粧品の箱だけが捨ててあったりするのだ。
万引きである。
箱から中身だけを抜いて、自分のカバンに入れたりするのである。
仮にカバンの中を見つかってもパッケージの箱はないし、この化粧品は自分が購入したものだと言い張られたら、店側としては反論できない。
化粧品は手のひらに隠れるくらいのサイズのものが多数あり、また値段も高額なものが多いので狙われやすいのである。
売り場のレイアウトの関係で死角が多い店舗なので、万引きもやりたい放題だったようである。
たまに女子高校生が警察と保護者に連れられて、やってくることがあった。
事情を聴くと、よそのコンビニか何処かで万引きをして捕まった。
余罪はないか調べると、実はこの店でもやってました、というわけである。
万引き犯も、まともに捕まえることの出来ない小売業であった。
一応、店内に防犯カメラはあったが、このカメラはダミーであった。
本物の防犯カメラは高くて予算がつけられないという、何とも情けないことをしていた。
それで、この万引き犯なのであるが、2年もレジに立っていると店に入ってきた瞬間に客を見ると気配で分かるのである。
「あ、こいつやるな」と。
同じ人間でも万引きをするつもりで店に入ってきたときと、普通にショッピングをするために入って来た時では気配が違うのである。
確率から言うと高校生が圧倒的に多かった。
高校生の万引き犯は学校の制服を着たまま、やるのである。
良い根性である。
怪しい気配を感じた客が、さっきまでいた場所を見ると、発注のために、2分前に在庫確認をした毛染めのカラーリング剤が棚から消えているということもあった。
客の後姿を探すと、既に店内から出た後である。
ところが、更に情けないことにオーナーが、カツカツでギリギリの人員で店舗を運営しているから、別の接客対応、作業をしているうちに万引き犯に逃げられてしまうのである。
また、万引き犯を捕まえた時のマニュアルなんてものは存在しなかった。
というか、そもそもこの小売業の会社の社長が従業員の給料を万引きではないが、ピンハネ、盗んでいた。
具体的に言うと従業員から源泉徴収した所得税でチョンボをしていたのである。
こんな会社は潰れて当然であろう。
昨今、ブラック企業なる言葉を良く聞くようになった。
安い賃金、劣悪な休みなしの長時間労働で従業員を働かせて、その上前をはねるというビジネスモデルである。
確かに数字だけを見ると、「売り上げ-経費」なので黒字になりそうなものである。
しかしながら、こんなことをしていると搾取され続ける現場の従業員のモラルは間違いなく下がる。
店に入ってきた瞬間に万引き犯がやってきたことを察知できるようになったワタシであるが、だからといって特に何もしなかった。
見なかったことにすれば、警察対応とか、犯人を腕づくで押さえるとか余計な仕事が増えないからである。
万引き犯の臭いを持つ客が来店したときはレジに張り付いて客が出るまで動かなかった。
レジからは死角が多く、客が犯行に及んでも見えない場所がほとんどであった。
現場を押さえて、犯人とつかみ合いになってケガでもしたら、こっちの損である。
そこまで義理立てするほどの扱いは社長からは受けていない。
このころになると、私は、この社長は言うことは立派であるが、やること、行いは実に嘘まみれであることを実感していた。
詐欺師とは、このような人のことを言うのであろう。
この社長は人を騙すことは天才的であった。